度量衡法の規格を統一

明治八年(1875年)八月に「度量衡取締条例」を制定し、度量衡器の製作・販売、鑑札、旧器の検査と検印、新器製作の税額、罰則、官庁の製作・販売の監督、一般への周知などを定めました。なおこの時、度量衡器の製作請負人は一府県ごとに一器種一人とされ、京都府の権衡については、江戸時代に秤座であった神善四郎に許可が与えられました。ところが「度量衡取締条例」は尺貫法について規定しただけで、外国単位とその計量器については制限を設けていませんでした。
  当時のわが国には、尺貫法、メートル法、ヤード・ポンド法の三系統の単位が混在し、産業技術の発達にともなってさまざまな障害が生じることとなりました。
 「度量衡法」は明治二六年(1893年)一月一日から施行されました。度量衡の製造と販売が、それまでの許可制から、より資格の取得が容易な免許制に改められていました。それは、産業経済の発達にともなう度量衡器の需要増大への対処と同時に、「度量衡法」に基づく新しい尺貫法の普及促進を意図したものでありました
 度量衡法は、免許制を規定しています。製造職人一人一人に免許を与えるのははんざつであるが、それらの職人たちが一ケ所に集まって製造できれば、監督の眼も充分に行きとどくとの事情から江戸時代秤座のあった京都と江戸(東京)で民間の手による衡器の製作事業が始まりました。

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